風と光の散歩道、有希編2b

写真と俳句のコラボレーションと日々思うことを綴ります

西行没後五百回忌

なんの年だか判りますか。

松尾芭蕉がおくのほそ道の旅をした年です。
西行が歌の通り如月に亡くなったのが建久元年(1190年)、
芭蕉が曽良を伴ってみちのくを旅したのが元禄2年(1689年)、
499年目、つまり五百回忌の年です。
これは偶然ではありません。
芭蕉は「おくのほそ道」でしばし西行ゆかりの土地を訪れ、
西行の歌にちなんだ俳句を詠んでいます。
たとえば西行が遊行柳を詠んだ土地で、

 田一枚植えて立ち去る柳かな  芭蕉

西行が一夜の宿を願った際に、
返答を歌で詠んだ遊女に意気投合して、
一晩語り明かしたという逸話もあります。

 世の中をいとふまでこそ難からめ仮の宿りを惜しむ君かな  西行

 世をいとう人とし聞けば仮の宿に心とむなと思ふばかりぞ  江口妙

この話を踏まえた市振での句が、  

 一つ家に遊女も寝たり萩と月  芭蕉

その他にも「おくのほそ道」では笠島や色の浜と、
芭蕉は西行を意識して句を詠んでいます。
また西行は平泉の藤原氏と遠縁の関係にあり、
平泉を二度訪れています。
おそらくそれも芭蕉は知っていたでしょう。

そういえば幕末にも西行を強く意識した人物がいました…。
長州の奇人、高杉晋作です。
大河ドラマでは格好よく描かれることも多いですが、
高杉の何をしでかすか判らない破天荒さは、
志士たちのなかでも飛び抜けています。
計算づくの奇行というより、しばし狂気のような。

品川で建設中だった英国公使館を焼き討ちのあと、
長州に戻ると突然出家すると言い出し、
西行の向こうをはって東行と号しています。

高杉晋作は詩心があったようで、
29歳で亡くなるまでに400偏近くの漢詩や和歌をつくっています。
都々逸で有名なのが、

 三千世界の鴉を殺し ぬしと朝寝がしてみたい

江戸時代、男女ごとで鴉といえば、遊女の起請文です。
熊野権現のお使いである鴉のことですが、
長くなりそうなので興味のある人は調べてみて下さい。
その高杉の辞世の句が、

 おもしろきこともなき世をおもしろく


写真は8月に行った立石寺、せみ塚です。


semi du rt s


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  1. 2012/09/24(月) 21:45:00|
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